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■「モスポイントたより」(24)

■「モスポイントたより」(24)                    
                    クニコホール kuniko@usa.com
                   (米国ミシシッピー数学教師)


新潟地震の被害者の皆様そして少し遅れましたが台風の被害にあわれた皆様、家
屋や建物の復興と同時に精神的な立ち直りをお祈りいたします。

今回は去年に引き続きおこなわれる上甑中学の原田先生との交流プロジェクトに
ついての私なりのプラン等をテーマにして書き始めようと思っていましたが、高
木洋子女史の異文化についての文章を読んでいるうちにこれだっとインスパイヤ
ーされ、急きょテーマを変更しました。

洋子さんの初めて出会った黒人女性に対する正直な気持ち。私の場合はまったく
逆なのですが洋子さんの気持ちと共通する部分があります。

私はこちらミシシッピーに住み始めて12年間多くの黒人の中で暮らしてきまし
た。離婚した夫は黒人でもちろん二人の子供も日本人とのハーフです。離婚して
も前夫のお母さんや姉妹たちとはずっとかかわりあってきました。

私が自立するために大学に通い始めたときもクラスが終わってから(子供たちの)
おばあちゃんのところに子供たちを引き取りに行きました。おばあちゃんのとこ
ろに子供を預けているのは私だけではありません。私の義理の妹たちも同じよう
にしています。

子供たちの学校が終わるとスクールバスが自分たちの家に止るのではなくすべて
の子供たち(孫たち)がおばあちゃんのところに集合して時間が来ると親が迎え
に来ます。がすぐ帰るのではなく、家の外の木陰に、いすを出しておばあちゃん
を真ん中にして今日はこんなことがあったとか、大人たちが話をしているその回
りを子供たちが走り回ってうるさくして、親に怒られたり、そんなあとでようや
く腰を上げて子供たちをつれて帰るという毎日でした。

用が終わったらさっさと帰り次のことをするというという都会的なせっかちな暮
らしに慣れていた私にはかなり戸惑いましたが、子供を見てもらわなければなら
ないし次第におばあちゃんの家のテンポにはまっていったようです。

おばあちゃんには4人の娘と5人の息子がいます。娘たちは皆、職を持って独立
していますが息子たちは私の前夫を始め誰一人“まとも”に暮らしていません。
もちろん職がなく、ただふらふらとしているだけです。それでもおばあちゃんは
そんな息子たちを追い出さずいまだに3人の息子がおばあちゃんと暮らしていま
す。

おばあちゃんの心の広さには感心します。日本から来た私を差別せず受け入れた
くれたし、金銭的な援助はしてもらえなくても子供たちのことでは本当に助けて
もらいました。やはり離婚して子供二人を育てたという日本人の友達がいますが、
子供が小さかったときは職が見つかって働きたくても子供を預けるところも預か
ってくれる人もいなくて泣きたいくらいだったそうです。その人は戦争花嫁でも
うアメリカに50年以上住んでいます。

おばあちゃんは敬虔なクリスチャンです。アメリカは宗教の自由はあっても圧倒
的にクリスチャンの国です。特にこのあたり南部はバイブルベルトと呼ばれるく
らいです。この小さなモスポイントでもちょっと歩けば教会に出会います。

私たち家族はおばあちゃんとは別の教会に行きますが昨晩はおばあちゃんの教会
に行きました。今週はずっとリバイバルがあるからです。こちらでは日曜日以外
にも教会にいきます。

おばあちゃんの教会は典型的なブラックチャーチです。いまではかなりの教会が
白人と黒人が一緒に礼拝するようになっていますがこの町ではまだまだ別れてい
ます。

ブラックチャーチの素晴らしさはほとんどのチャーチが持っているバンドと、ゴ
スペルクワイヤーと、牧師の独特の説教法と、それに答える信者たちの応対の仕
方、それらすべてが一体となって作り出す雰囲気はとても言葉では表せません。
時間が許せば一晩中でもいたいくらいです。

日本にいるときは月に一回は一万円ものチケットを買ってアメリカやほかの国か
らのミュージシャンのコンサートを聴きに行っていましたが、毎週日曜日教会で
フリーコンサートを楽しんでいます。

私が黒人社会に足を踏み入れることになったきっかけはもちろん音楽です。すべ
ての黒人音楽が好きでした。この原稿を打っている今も24時間ゴスペル専門の
FM放送からの音楽が流れています。

二年前にずっとずっと前に離婚した(おばあちゃんからではありません)おばあ
ちゃんのハズバンドがなくなりました。その人は私の前夫の父親ではありません。
お葬式には前夫は出席せず私が出席しました。参列者に手渡されるプログラムに
は家族の一人として私の名前ものっていました。

もちろんエレキバンドとコーラスもあります。お葬式の音楽は悲しみが感じられ
るけれどそれでいてとても力強いのです。棺を先頭にして次々と家族たちが教会
を出て行くときの音楽はちょっとアップテンポで、ああこれでもう苦しまなくて
もすむという開放感や歓びまで感じます。それから車で連なって墓地まで行きま
す。


それで本題に入りますが、こんなに黒人社会にどっぷりつかっていると思ってい
る私でも他人から見たら私はただのよく言えば“東洋人(オリエンタル)”実際
に言われているのは“チャイニーズ”です。これは黒人からも白人からも“平等”
にいわれます。

本当に中国人だと思って言っているのではなくて嫌がらせや差別されていってい
ると知ったら誰だっていやな気分になりますよね。それが最近、そのネガティヴ
な状況をポジティヴに変えられる道が開けてきたのです。

原田さんの前回の“密やかな気づき”に同じ考えを発見しました。”このような
非人道的兵器を作らない、売らない人を育てることが、追いつめられて地雷を買
って、設置し、自国を滅ぼしていく人たちをなくそうとするよりも効率的かもし
れません。“

前に私が来年の一月から日本語を教えることになりそうだとお知らせしましたが、
もうそれが本決まりになって、しかもミシシッピーの高校では私だけが日本語を
教えられるのでテレビを使って他校にも私の授業が放映される、といういまだに
信じられないことまで起こりつつあるのです。この年になって私の顔をテレビに
とってどうするのよ、というのが正直な感想なのですが、ポイントはそこじゃな
いんだと自分に言い聞かせ、いかにしたらこの大役を無事演じられるか毎日考え
ています。

この私の新しい日本語のクラスによって一人でも世界平和とかひとの立場に立っ
て物を考えることのできる生徒が生まれたらと願っています。

ワイオミングの薫さんも、以前に電話で同じようなことを言っていらしたような
気がします。

今の悩みは皆さんも同じだと思うのですが、時間が足りないのです。今まで通り
数学を教えながら、毎週レッスンプランを提出し、テストの採点をしながら、日
本語クラスの教科書の見本を取り寄せたり新しいクラスの準備をしなければなら
ないからです。薫さんにもまだ聞きたいこともたくさんありますが電話をする時
間がありません。

早いものでもう来週は11月。感謝祭の休みを指折り数えています。


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by sukaji03 | 2004-11-01 22:46 | エッセイ